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三人どころじゃない吉三

観劇。

三人どころじゃない吉三 HP

(キャストページ、役者さんのお顔にポインタ合わせると視線の向きが変わるという粋な仕掛けがしてあるんですが、窪寺さんずるくない? 窪寺さんずるくないですか? 閉じてるわけじゃなくて伏せ気味の視線かーらーの、ですよ。なんだこのイケオジ。何度もポインタ合わせてしまう。罠にかかった気分。ひろきすずき氏は普通に見る者の呼吸を奪いに来てますね。呼吸を奪うってどういうことか彼は分かってるんでしょうかね。息をしなかったら人は死ぬんですよ。死ぬんですけどね!(マウスポインタ何度も当てながら)山本匠馬さんがこっち向いた時、思いがけずあどけないお顔でときめいた。中村の龍くんは首肩二の腕の男らしさに目が奪われ、その上にあの整った顔が乗っていることに感動してしまう)

とにかく、今感じていることを吐き出しておかないと、後になったら細かいことは余韻だけ残して全部忘れる気がするから、支離滅裂だろうが前後が繋がってなかろうが流れが矛盾していようが今ぐるぐるしている気持ちを書く。

そして他の人たちの熱い感想を読みたい。早く! 読んで勝手に共感したり新たな発見したりしてじたばたしたい!

 

三人吉三に題材を取った少年社中版三人吉三ということで、登場人物も多いことだし、その登場人物たちの縁が複雑に絡み合い過ぎていると思って、さらっと人物相関の予習だけして観に行った。

(大阪二日間全三公演。観たいと思った時にチケットはなし。ご親切な方にチケットを譲って頂き、観劇することができました。本当にありがとうございました。このご縁に感謝しています。興奮した頭が冷めやらず、大千秋楽は当日券チャレンジして当選。あの立ち見チケットはお守りとして肌身離さず持っておきたい)

 

原作はどうしようもない悲劇。

名刀庚申丸と百両のお金が不思議な縁で繋がった様々な人々の間を行き来して、それに関わった人々が次々不幸になったり死んでいくんだから悲劇としか言いようがない。

事の発端となった盗人、お嬢、お坊、和尚という三人の吉三たちが互いに刺し違えて死ぬエンドだから、因果応報ものでもあるのかな。

 

個人的にはハッピーエンドが好きなので、これがどんな風にアレンジされるんだろうとどきどきしながら観に行ったわけです。

そもそも、三人「どころじゃない」のタイトルもインパクトあった。吉三が何人も出てくるなら、その時点で悲劇の匂いが薄れている。

そうしたら。

 

合縁奇縁因縁血縁良縁悪縁、あらゆるものが複雑に絡み合い、その先に待っているのは悲劇ばかりの悲惨な運命に、天下の盗人たちが誰も取りこぼさない幸せを掴み取るため、定められた運命にひたすら抗い続ける、それぞれの男気と疾走感に溢れた物語でした。

吉三も本当に三人どころじゃなかった。

テンポ良く進む話、会話、場面。彼らの生命力の表れみたいな極彩色の衣装。

初めて見た時には、なんつー派手な色の衣装だという感想だったんだけど、あの色彩に全然負けない登場人物たちを見ている内に、あの鮮やかな色が人の持つ生き力の強さみたいに思えてきた。それは美しいものだけではなくて、罪も欲も善も悪も愛も憎しみも、人の内に存在するぎらぎらしたものも含んでいる。だから、パステルカラーみたいなやわらかいだけの色じゃない、視覚に刺さるどぎつささえ感じる原色。

そうでありながら、あの色彩の鮮やかさ、明るさは、この話の向かう先を知らず示していてくれたように思えて、希望を持たずにはいられない色だった。

 

簡単なあらすじ。

ある晩、通りすがりの夜鷹から百両という大金を奪い、その百両を探し求めてやって来た手代から刀(庚申丸)を手に入れた盗人お嬢吉三(鈴木拡樹)は、同じ吉三の名を持つお坊吉三(堀池直毅)、和尚吉三(岩田有民)という同稼業の男たちと出会う。

これも縁と義兄弟の契りを交わした三人だったが、彼らの出会いのきっかけとなった百両の金と名刀庚申丸は、次から次へと人の手に渡り、関わる人々に悲運をもたらし、最後には皆が死に至る。

地獄へ落ちたお嬢吉三の前に、閻魔の使いだという男が現れる。

男は宝刀庚申丸(山本匠馬)。

「もう一度機会をやるから悲劇を止めろ」

お嬢吉三は、三人が出会った日から悲劇を食い止めるためにやりなおす。

しかし、どれほどやり直しても結末はバッドエンド。

何度もやり直し、疲れ切ったお嬢吉三の前に閻魔が現れる。

「もうやめましょう」と。

何を言っているんだと問い詰めるお嬢吉三に、閻魔は語る。

来る日も来る日も地獄に来る人々に、罪を雪ぐための罰を与える日々。

それは孤独で、とても苦しい。

そんな時、固い義兄弟の契りを交わした吉三たちを見つけた。

羨ましくて、仲間に入れて欲しくて、吉三たち皆がなんとか幸せになる手伝いをしたいと思った。この悲劇に関わる皆が吉三になったら、皆が仲間だ。楽しくて幸せだと思ったから、皆に吉三の名を与えてきた。

けれど、和尚に頼んでも、お坊に頼んでも、この悲劇に絡む別の誰かに託しても、どれほどリセットを繰り返しても結末はバッドエンド。

死に方、殺す相手、殺される相手が違うだけで、彼らと彼ら周辺を取り巻く人々に訪れる悲劇はなにひとつ変わらない。この運命は辛すぎる。

あなたの罪はもうとうに雪がれている。生まれ変わる手続きをしますと。

立ち去ろうとする閻魔をお嬢吉三は呼び止める。

「子供の頃、拐しにあってひとりで生きてきた俺と義兄弟になってくれたふたりと、この運命に巻き込まれて何度も邂逅してきた皆。その全員の幸せが、今の俺の望みだ。閻魔さんと、庚申丸、お前も含めてな。閻魔さん、あんたが俺たちのことを羨ましいと言ってくれて嬉しかったぜ」

(この辺のセリフはニュアンスで勝手に書いてます)

かくてお嬢吉三は、お坊吉三、和尚吉三と、誰一人とりこぼしのない、全き幸せを求めて繰り返す悲劇の中に戻っていく。

そして遂に、大団円が……。

 

ここからは、好きな人物や組み合わせや場面をそれぞれで思いつくままに書いてみる。 

 

<お嬢吉三(鈴木拡樹)>

めちゃくちゃ男前だった。

女装姿が美しいとか綺麗とか、確かにそうなんだけど、それは紛れもない事実なんですが、後に残ったのは、あの人鬼のように男前だったなという思いでした。

この物語においては圧倒的にヒーロー。

でも彼が悪人でもあることに変わりはないので、ダークヒーロー枠なんだろうか。

 

登場場面では真っ白な振り袖を纏い、客席通路から現れた時、彼に気づいた人から順にさざ波みたいにはっと息を呑む音が広がってきた。なにかの演出みたいに、皆が目を見開いたり、口元抑えたり、はっとしたりして、見とれていた。

艶やかな口紅の色が妙に印象的で、猫の目みたいにゆるやかに弧を描いた目元がぱっと見儚げで、いかにも良家のお嬢様然としたなよやかな人物。甲高い声で、もうしもうしと心細げに、道に迷ってしまったと、筵にお金を並べている夜鷹に声を掛ける。

いかにもか弱そうなこの人物を、どうして警戒することができようか。

これが、夜鷹おとせの持った百両を奪ったその瞬間、一転低い男の声に変わり、表情も動きもがらりと変わる。ここは見物。

目がぎらぎらして、口元が相手を馬鹿にして皮肉気に片方だけ上がる。

悪い。この男、めっちゃ悪いよ……!(だけどかっこいい)

天下の盗人なんだから、当然お嬢吉三は悪人なんですよ。

おとせが持っていた百両、なんの躊躇もなく奪った挙句におとせは川に突き落として、よっしゃ! (夜鷹が川に流れたので)厄払い済み! なんか知らんが百両ゲット! 濡れ手で粟とはこのことよ! こいつぁ春から縁起がいいわえ! と高らかにのたまうわけです(とんでもない意訳です)。

 

直後、その百両を自分に渡せと言ってきたお坊吉三との殺陣!

白い振り袖の袖を振り回しまくっての激しい攻防。殺陣がまた早い早い。

舞っているみたいな殺陣だった。

そこに和尚吉三がやってきて、義兄弟の契りを結ぶわけですが、お嬢は家族というものに強烈な憧れがあるんだなあと作中の台詞で何度か強く感じる部分があった。

和尚が妹おとせとその夫となる十三を殺した時、「縁に繋がる義理の弟を、どうしてこんな無慈悲を」って悲痛な声で言う。

なんだかあの台詞とお嬢の心底愕然とした顔が心に残っていて、「縁」というものがお嬢にとってどれほど意味があるものなのかを勝手に感じていた。

幼い頃に誘拐されて、そこからひとりで生きるために盗んできて、だから彼は本当は悪人なんかじゃないとは言えないんだけど、お坊や和尚と義兄弟になれたことが本当に嬉しくて、手放せなくなったんだなあ。

後に閻魔に告げる「三人で一緒に生きていくんだ」という言葉にそれが詰まってる。

彼が最後まで諦めなかったのって、その執着とか欲が他の人よりもずっとずっと強かったからかもしれないな。

お坊には大切な妹が、和尚には父親も妹もいたわけで、お嬢だけがひとりで生きてきた。だからこそ、彼には閻魔の孤独も痛いほどに理解できて、閻魔ごと幸せにしたいと思ったんだろう。 

 

現実をリセットして時間を巻き戻す場面。

男姿で登場するお嬢吉三。地味な色合いの着物だったけど、羽織の背中には龍が踊る。

くそ。かっこいいな。と無駄に悪態をつきたくなる。

女装姿の自分が、夜鷹のおとせから百両奪わなきゃ万事解決よ! と、粋な調子で言うお嬢吉三の頼もしさよ。庚申丸がなるほど! って素直に頷いてるのが可愛い。

キュルキュル言う巻き戻しの効果音で、舞台上で本当に逆送り再生やってくれたのがめちゃくちゃ面白かった。初めて見た日は一回目の巻き戻し後に拍手が起きたよ。

いや、お見事! って言いたくなるくらい上手に皆巻き戻ってたから。ひとりひとり動作が見たいわ。お嬢が本当に細かく演技の巻き戻しするから、おかしくておかしくて。

あの場面、元気がない時に何回も見たい。

酔っ払って十三朗を川に突き落とした遊女吉野ちゃん、お銚子から直接お酒飲んでたところも巻き戻し演技してたような。吉野の衣装、ひらひらしてて巻き戻しの時に袖がふわふわ舞ってて、あの忙しい最中に綺麗だなーと妙に心に残った。

ここの、バッドエンド→時間を戻せ!→バッドエンド→時間を戻せ!→バッドエンド…

の流れが本当にテンポ良くてコミカルで、悲劇が喜劇になってるの凄かった。

 

夜鷹おとせも花魁一重もバキュンて効果音つきでお嬢吉三に一目ぼれするところ。

さあ寝ようすぐ寝ようと言わんばかりにおとせが敷いた筵を、お嬢が慌てて丸め直すところ。

文里が去っていく姿(ここの文里の旦那の男前さが際立ってたわ。そりゃ旦那なら引くよね。惚れた女の幸せを一番に願うよね。かっこよすぎか。しかし旦那ならそうするだろうと納得せざるを得ないあの説得力よ)に呆然としつつ、一重と顔を見合わせてうん、てとりあえず笑顔で頷き合うところ。 

割合短気で直情的で、海老名が庚申丸をどうしても諦めないと言ったら煽られるままにばっさり斬っちゃうところ。

お嬢と庚申丸がぜんまい仕掛けの人形みたいにぶるぶるして、回数こなすごとにぜーはーが強くなって、よろりとなってくるところ、控えめに言っても可愛い。

 

でも、回数重ねて、どうしてもバッドエンドにしかならなくて、疲れたなぁってなる。

庚申丸とふたりではらはら雪が降る中大の字で寝そべってる場面は、それまでのコミカルさから一転。

ここで庚申丸が話した「纏っている服の重みが罪の重さ。お前たちは罪が深いから、たくさんの服を纏ってるんだ。それに合わせて、雪が降る」という言葉が印象的。

雪は、ずっと降っている。

後になって、お嬢吉三があの真っ白な振袖を脱いで男姿になった時、あれはお嬢が運命を変えようと腹をくくった意思の表れと、罪がわずかにでも薄れたという暗示だったのかなとも思った。

 

もう数え切れないほどリセットを繰り返したある時、和尚が現れて「今はお前の番か」ととんでもないことを呟く。

「百回を越えたあたりで俺は諦めた。お坊も同じ。この運命はどうにもならねぇ。まあ、お前もいずれ分かる時がくる。好きなだけ試せ。さあ、俺を斬れ」

突然の告白に呆然となりながらも和尚を斬ったお嬢。

(ここの告白を後でつらつら考えるに怖いのは、私たちが初めて出会った彼らが、和尚かお坊、どちらかが「やり直している」時の可能性があるってこと)

この先、再び繰り返されるリセットにはお嬢の悲痛な叫びと、絶望と悲壮感しかない。

もう一回、もう一回、もう一度! もう一度だ!

舞台中央に座り込んで叫ぶお嬢の背後には閻魔が寄り添っている。

その彼らの周りで次々に人々が刺し違えていく。

この時のセピア色の照明。

雪がはらはら降って、絶望が降り積もって、もうどこにも救いなんかないような気持ちになる。

最後に残ったお嬢、お坊、和尚が斬り合い、倒れ伏す。

ここの場面、悲しくて辛くて痛いんだけど、演出がとても好き。

 

「もう、やめるか?」と、問うた庚申丸の声がやさしかったのは気のせいじゃなかったはず。それでもお嬢は首を縦に振らない。

閻魔から種明かしがあり、謝罪があり、もうお嬢吉三としての生を終わりにして、新しい人生を歩んでくださいと言われた後に、「何度だって、望みが叶うまでやり直してやるよ」と笑った顔。

 

お坊と和尚、三人で幸せになりたい。

この繰り返しの中で、他の皆も大事な奴らになった。

閻魔さん、庚申丸、お前も含めて皆で幸せにならなきゃ。

 

「私はいいんです」

すかさず言った閻魔に、

「じゃあかあしい!!」

と一喝したお嬢。

何故バキュンの効果音が入って閻魔が恋に落ちなかったのかが本当に疑問。客席はもう何度目かの恋に落ちたと思うけど。

庚申丸もって言うところがお嬢のやさしさというか、男気なのかな。

ずっと一緒に居て、愛着わいたんだろうなあ。

必ず皆で幸せになろうって、俺たちに任せておけって和尚とお坊、三人で言えて、多分お嬢はそれだけでも随分満たされたんじゃないかな。

 

最後の大団円。

気が狂うほどのリセットを繰り返したお嬢たちが掴み取った、幸せ。

舞台上の雪はやんで、何重にも着込んでいた服を脱いで、軽やかな姿になった皆の晴れやかできらきらしい笑顔。

お嬢は、きちんと本当の親の元へ帰って、役者になっているという設定で、最後は八百屋お七の役(たぶん)を演じて真っ赤な振袖姿なんですが、これまた艶やか。

花が咲いたみたいな笑顔という形容がありますが、本当に、作中大抵、悪い顔や苦悩の顔、怒りや絶望、穏やかな笑顔だった彼が、最後の最後で、うわっと花が咲いたみたいに満面の笑顔を見せるんですよ。

あの瞬間自分にわいた嬉しさってなんなんだろうね。

彼はもう幸せなんだと思って、突き上げるように嬉しかった。

オープニングで使われた、お嬢に義兄弟ができ、それどころか他にも吉三を名乗る皆が現れて歌えや踊れやのロックンロールの場面が、この締めに、エンディングにもう一回くる。

この時の楽しさは、お嬢たちのこれまでの苦難を知った上で、それを乗り越えての皆で歌えや踊れやだから、こっちの高揚感も半端ない。

軽くなった衣装で、満面の笑みで踊る皆が幸せそうで、本当によかったあああと多幸感に浸るエンディング。

 

その幸せ夢気分でふわーっとなって、皆が油断しているところにお嬢がね、ぶち込んでくるんですよ。

そうですよ。あれですよ。ウィンクですよ。

私の前の席のお嬢さん、お嬢がウィンクした瞬間、心臓に手を宛がってたよ。ほんま殺す気か。

ノーガードだった多くの人が、自分の心臓が鳴らす、どぐっ、ていう変な効果音で胸が痛かったはず。

なにかが刺さる音がした、くらいなら淡い恋が始まる風情でいいけど、どう考えても貫通する音だと思うから、恋が始まる前に目の前が真っ暗になって意識を失う系。

最後まで油断するなってことなんでしょうか。怖いなお嬢(ひろきすずき)。

くそーやっぱり最後までお嬢は男前だわ。

早くもう一回、あらゆる場面を観たい。

 

拡樹くんきっかけで観に行った舞台だったので、

美しい女装、たおやかな所作表情から、悪人面、情に厚い姿、無邪気に喜ぶ顔、男気溢れる姿、苦しげな表情から満開の笑顔まで、様々な姿が拝めて、一粒で十度美味しいみたいな舞台でした。

 

<お坊吉三(堀池直毅)>

妹思いのお兄ちゃん、てだけで私の中で自動的に好感度があがる。

かわいい妹、って口に出して言ってたからねこの人。

父親が庚申丸を奪われたためにお家が取り潰しにあい、家の再興を目的に生きている。

だが生きていくために、妹一重は花魁に、自分は盗人稼業。

義兄弟の契りを結んだことを、お嬢が随分嬉しそうに語っていたけれど、お坊も嬉しそうなんだよね。

馴染みの遊女吉野のところへ行って、祝いに高い酒頼んで浮かれてるの、ふーん、と思って。「こいつがこんなに嬉しいなんてな」てしみじみ言うの、本心からなんだなと。

和尚はわりと素直に嬉しいことは嬉しいって言うけど、お嬢とお坊は裏でこっそり言うんだね。

お坊とお嬢の会話で好きだったのは、お嬢がお坊に庚申丸を渡すところ。

「気がつかねえとはな。大切なもんってのはすぐ近くにあるんだな」

「そうだねえ」

(ここのお嬢の、そうだねえ、の言い方、すごくやさしい)

妹のため、家のため、生きるため。

悪人であるはずの彼らに同情したり、胸が痛んだりするのは、彼らが動く理由が、私たちにも十分理解できるから。

お坊は、どんな繰り返しを経て諦めたんだろうな。

 

<和尚吉三(岩田有民)>

なんていうか、この方も見た目勝ちというか。

カテコのご挨拶される姿を見るにつけ、心優しき熊、みたいなフレーズを思い浮かべてしまいました。

破戒僧ってことでいいの?

僧侶崩れ?

でも、伝吉の家で居座っている源次兵衛を祓えそうな雰囲気だったから、一応力はあるんだろうか。

 

とりあえず和尚吉三は衝撃の名乗りでまずはすべてを掻っ攫っていくスタイル。

「俺の名乗りを聞け」

どこぞの歌姫みたいな叫びから、フリースタイルラップ始まったよ!

ぽかんとしてたらわらわらグラサン姿の皆が集まって、会場は一気にライブ会場に。

お坊が戸惑っているのに対して、お嬢はそれなりにノリが良い。

少年社中、よく分かんないけどこのノリすげえええ。

と、少年社中さん初見の私の心に、なんだかとんでもないインパクトを残した名乗りラップ。

今書きながら思ったけど、お嬢、皆でわいわいしたのが思いの外楽しかったんかな…。

和尚吉三、なんかよく分かんないけど、こいつに逆らうとまずそうだという気分にさせてくれる名乗り。

彼の裁量で、義兄弟の契りを結ぶ三人。

 

お嬢が初めてのやり直しをした時、和尚が言う。

「俺たち生きるために悪いことをしてきた。でもお天道様が許してくれるなら、善人になって、日の下を堂々と歩きたい。お前らだってそうだろ」

この時、お坊とお嬢はその言葉を笑い飛ばす。

和尚は自分の思いを引っ込めるけど、唐突にも思えたあの告白。

和尚も「リセット」を何度もしていたことを考えたら、あの時、和尚がやり直しをしている最中だったのかもなと。

皆が幸せになる方法を、和尚も探していたのかもしれない。

答えはないんだけど、そんなことを思ってしまう。

まあ、お嬢とお坊から貰った100両を、迷惑かけた父親に渡しに行ったりしてるから、ただ純粋に、更正したいと考えていたのかもしれないけど。

和尚の見た百度のやり直しも、見てみたい気はする。

でもお嬢に、気が済むまでやってみろと告げた和尚は、もうなんの希望もそこに見出してはいなかったよな。心が疲れ切っていた。

和尚は声が好きです。

凄みのある悪漢の声、お嬢やお坊に向ける兄貴分としての声、親に向ける大人になった息子としての声。どれも太くて、心に響く。

しかし、心に一番きゅんと響いたのは、カテコ挨拶のひと言ひと言噛みしめるように大切に話される、誠実さに溢れた声とご様子でした。脳裏に浮かぶ、心優しき熊、の言葉。和尚とのギャップ!

義兄弟の兄貴分として、どうかお嬢とお坊と幸せに過ごして下さい。

 

 

<庚申丸(山本匠馬)>

庚申丸って、閻魔よりも格上なのかな。

閻魔が自分の望みを叶える際に、庚申丸様にお願いしたって言ってたけど。

宝刀だから?

庚申丸が付喪神とかで、神様扱いなのかなーなどと余計なことを考えていました。

登場場面、浮かれ踊るお嬢たちをずばずばと斬り捨てていく庚申丸は文句なくかっこよかった。無表情で、圧倒的。まさしく刀という感じ。

紫一色(裾濃とかでグラデーションはあった?)の、周りに比べると格段に地味色に見える衣装は無機物だからか、と。

 

庚申丸が新三人吉三のおっさんどもに、俺のだ俺のだって抱きつかれて、まさぐられまくるところが可哀想だけどとても好きです。

おっさんたち楽しみ過ぎだろう。

袷がゆるゆるになって、それを庚申丸が苛々しながらぐいっと直す仕草がとてもいい。

 

お嬢との絡みもよかった。最初は近寄りがたい無口な宝刀だったのが、お嬢と居ると段々くだけた態度になってくる。

庚申丸も影のヒーローだよね。閻魔の願いを聞いて、お嬢よりもずっと前から、皆が幸せになるべく動いてきた。強くて優しい刀。

どうして庚申丸は閻魔の願いを聞いたのか。長い長い時間をひとり過ごしていくのは、庚申丸も同じだからか。

「俺は諦めない」

彼が半永久的に続きそうな繰り返しに耐えられたのは、刀だったから?

それを思うと、複雑な気持ちだけど。

最後は、庚申丸も人になったということでいいのかな。彼も吉三だからね。

山本匠馬くんは男らしい顔の人だなあと、今回改めて思った次第。

 

 

<木屋文里(中村龍介)>

いやいやいやいや。

なんかもう笑うしかないくらい粋でいなせな若旦那で、とりあえず初見、ふはって変な笑い声出た。

帰ってから改めて粋の意味調べたよ。

気持ちや身なりのさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気をもっていること。(広辞苑第五版より)

文里パーフェクト! 色気あったよね。目元の色気凄かったよね。(中村龍介くんは目元に迫力があるなと思います。凄みというか)

雰囲気が華やかで、きっぷがよくて、文字通りの色男。

花魁一重に何度も求婚する姿もさらりとしていて、相手が本当に困ることはしない。引き際も弁えている。

そりゃ吉野じゃなくても、一重の背中押したくなるわ。

「今夜は冷えるねぇ」

という誘いに、そっと手を添え奥へ誘うことで応えた一重の場面は、直接的ではない言葉に込められたやりとりにあてられた。かっこよすぎか。

吉三ネームも、それ以外には考えられないという名前でした。

お嬢が素直に、あいつなら事をうまく収めてくれるだろっていつの間にか信を置くくらいの男っぷり。

その彼が花魁一重を刺し殺す「やり直し」は、だからこそより衝撃的で、でも、そこに至るまでの物語はちょっと気になった。ごめん、旦那。辛いことを。

 

 

<十九歳コンビ>

預かった百両を落としてしまう木屋の手代、十三朗(井俣太良)と、その百両を拾う夜鷹おとせ(あづみれいか)。

この、実は生き別れの双子の兄妹でしたコンビがとても可愛かった。

年齢ネタばんばん入れてきて、おとせは十九なのに顔は婆ァとか言われたい放題だったけどいいのか。

十三朗の名乗りの際のきらーんポーズのあざとさや、満面の笑みが、見ている内に本当に甘ったれの若者に見えてくるのすごい。もともと可愛い系の顔立ちなのかな。表情勝ち?

しかし、畜生道という言葉のインパクト、意味を知らなくても、とにかくもう人として許されないんだという響きに満ち満ちている。

和尚に、義を守るため死んでくれと言われたふたりの、覚悟を決めた鋭い顔つきが印象的。

 

 

<新三人吉三

おっさんトリオ。(しかし山川ありそさんは拡樹くんや中村の龍くんと同じ年だと知ってびっくりしました)

どの人も強烈に個性的だったんだけど、この方たちのアクの強さよ。

殿様から預かった宝刀庚申丸を奪われ、責任をとり腹を切った安森源次兵衛(和泉宗兵)。(お坊吉三と花魁一重の父親

その刀を奪った盗人土左衛門伝吉(窪寺昭)。(和尚吉三とおとせの父親であり、十三郎の父親でもある。海老名が死んだあと幽霊になって家に住み着く)

その刀を奪うよう命じた海老名軍臓(山川ありそ)。源次兵衛に呪い殺される。

あんまりにも普通に幽霊が出てきて、人間界自由に楽しみ過ぎ。

伝吉さんは、奥さんの顔が見てみたいなーと思う人。

昔は悪だった、と何度か口にするということは、奥さんと出会って子供ができて更生したくちか。でも息子である和尚吉三は僧侶崩れで、相当やんちゃだったみたいだから、血は争えないんだろうか。娘であるおとせが夜鷹やってることを考えると、暮らし向きが楽とは言えないだろうしね。でもそこに悲壮感がないのが、伝吉らしい気がする。

 

この人たち、地獄に落ちて庚申丸にやり直しを求められた際に、あっさり断るんだよね。

源次兵衛さんの「俺悪くないよね?」が絶妙に面白いんだけど、(あと幽霊の源次兵衛さんは声がひょろひょろしててインパクト強すぎる。でも、幽霊源次兵衛→安森源次兵衛の切り替えはきりっとするんだよね。ギャップ大事)彼は、自分が責をとって切腹したことに後悔はしていないし、取り潰されたお家再興は息子であるお坊の役目、ってはっきり言い切る。娘花魁になってるのに、この辺の割り切りきっぱりしすぎ。

海老名は海老名で、絶対出世したいし、そのためには殿の大好きな庚申丸必須だから無理、とこれまた己の欲望に忠実一直線。

伝吉さんの、俺は所詮悪人だから今更善人面できねぇよ、って言い切るところ。

皆が皆、立場は違えど「己」を客観的に理解していて、自分の生き方や、それによって起こる運命は仕方がないって受け入れる姿勢なの、これはこれで筋が通ってるなあと。

ならば死ね、って斬っちゃう庚申丸も凄いんだけど、あの場面で彼らの芯が見えたのは良かったな。

だからこそ、お嬢の「幸せになる」執着の強さ、諦めの悪さも強調される気がする。

 

<花魁一重(杉山未央)/遊女吉野(内山智絵)>

この舞台、皆さんの衣装がきらびやかで鮮やかだったのはもう何度も書いたんですけど、女性陣の衣装の華やかさと愛らしさは言うに及ばず!

内山さんが衣装の写真をあげてくださって、よく分かったんですが、吉野の着物、格子柄のシースルー! 腰に巻かれたオレンジ色の大きなリボンや袖がひらひらして、柔らかそうで、愛らしさが自然と感じられる衣装。

(お嬢はそういう意味ではやっぱり、ふわふわとかひらひらとかじゃなくて、きり、とか凛、という言葉が合う衣装と雰囲気だったな)

吉野さんは酒飲みだけど(絡み酒っぽい)、気の良い女の子なんだろうな、後輩にこういう子がいてくれると楽しいだろうなと思わせてくれるタイプ。一重の恋を応援して、一重の危機をお兄さんに報告して、自分の気持ちにも正直で、割と自己中だけど、本当に大切なこととか、自分が譲れないものは間違えない感じの人。

一重は、相手の気持ちを慮って気を遣って、下手すると幸せを自ら遠くに追いやってしまいそうだけど、吉野は、そんなのばかばかしい、私もあなたも幸せになるわ、って言いそう。

時々空気読めなくてうるさいけど、いてくれると周りが明るくなる。可愛い女の人だったなあ。

 

花魁一重は、お坊吉三の妹。庚申丸を奪われ切腹した源次兵衛の娘。

武家の娘だったからかな。花魁で、色気を全面に押し出すこともできただろうけど、衣装の華やかさや艶にも拘わらず、品のある人だったな。

あの超絶男前、文里の求婚を幾度となく断り続ける理性。

そんな理性、早く庚申丸に斬って捨ててもらえ!

とは言えないんだけど、本当によく耐えたよね。

文里とのやりとりがいつもコミカルに見せかけたシリアスだったので、やり直しで、お嬢に一目惚れした時の一重が、テンション高めでポップでキュートな女の子になった時には笑った。これが一目惚れの威力…!

しかし、自分の気持ち伝えるために一気に小指落としたのは驚いた。

花魁なのに指詰めしたことで本気度を見せるということなのか、一重が存外激情家だという一面を見せているのか。でも、そんなことされて文里がおとなしく指だけ大事にしているはずもないので、一重が自分の踏み出せない気持ちを指ごと断ち切ったのかなと今思った。

文里の誘いにさらりと応えた一重は似合いの粋な女性だわ、と溜息出たけど、これが吉野だったら割と真っ直ぐとんちんかんな答え方して、それはそれで愛らしいことになるんじゃないかと妄想が働きました。

(お坊と吉野の、「お前は察しの悪い女だな」とか「ぶっさいくな顔して」という、硬派男子(お坊は硬派とはちょっと違う気がするけどジャストフィットな形容が今思いつかない。無骨というには所作は武家育ちで綺麗だしな)×ゆるふわ女子みたいな組み合わせ大好きです)

お坊と一重の絡みも見てみたかったけど、さすがに茶屋では会えないか。

お坊が吉野と馴染みになったのも、一重の様子を窺いに行くうちにということかもしれないな。

 

<黒子/閻魔(加藤良子)>

すべての鍵を握る人。黒子で黒幕。

異様に存在感のある黒子。顔出しもありながら、黒子本来の裏方の動きも存分にされている、働き者。

動きがいちいち可愛いくて、小動物みたい。

お嬢の周りをうろちょろして、三人吉三の間に入っていって自分も義兄弟の契りを交わしたいと勢いよく腕切ってみたり。

罪を与える日々が辛い、申し訳ない、苦しい。そして、ひとりは寂しい。

随分人間寄りな感情を持つ閻魔様だなと思って、閻魔様についてネットでざっくり検索かけたら、地蔵菩薩様と同一の存在だって書かれてた。地獄に落ちた人々の罪を代わりに受けて救済する存在。なんとなく、自分の中で腑に落ちた気がした。

この閻魔様は、罪や罰を代わりに引き受けはしないけれど、吉三たちが幸せになれるよう彼女の職務を越えて助けようとしていた。

人の気持ちを想像しそれに添う感情があるなら、なるほど、閻魔の「罰を与える」仕事は相当な精神的苦痛を伴うだろう。

彼女の見た目や動きも相まって、閻魔さまなんだけど、気安くて、可愛くて、可哀想で、だから同情心がわく。

吉三たちの周りを楽しそうに跳ねまわったり、悲劇に突き進む予感にうなだれたり、それでもなんとか必死でそれを回避しようとお嬢を導こうとしたり。

和尚やお坊もやり直しを繰り返していたことを知ったお嬢が、皆が周囲で殺しあう真ん中で、もう一回! と絶望的な声で叫ぶ場面。

黒子の姿をした閻魔は、怯えるそぶりを見せながらもお嬢の背中に寄り添って、すべてを見ている。

庚申丸に対しても思ったけれど、この繰り返しを望み、始めた閻魔も、すべてを見てきたんだなと。

幸せになって欲しいと願っても、吉三たちに託すことしかできなくて、手伝いたくても、見ていることしかできない。罰を与えることが辛いと口にして震えているのに、罰よりも恐ろしいことを吉三たちに課して、それでも、彼らが幸せになることを望んだこと。

確かにこの人は地獄の閻魔さまだなと思った。

お嬢も言ってるけど。望みに到達するまでの過程がえぐすぎるのに、それを分かっているはずなのに、手を伸ばさずにはいられなくて、実行してしまうところ。

地獄っていうのは恐ろしいところです。

でも、その過程がどれほど凄惨で悲惨で陰惨でも、閻魔はその先の光を求めたんだなあ。

お嬢に、繰り返しをやめさせようとした時、

「それじゃああんたが幸せになれねぇだろ」

そう返されて、閻魔はどれほど嬉しかったかな。

きつい言い方をすれば、始まりは彼女のエゴかもしれない。それでも、誰かの幸せを望んで必死だった彼女に、幸せが帰ってくる。

地獄の閻魔さまが、地獄に落ちた人々に幸せにしてもらう。

そんなお伽噺もあっていいんじゃないかな。

 

 

 

最後に、惜しむらくは。

惜しむらくは、ですが。

あれだけ入念に悲劇の繰り返しを見せて頂いたので、

大団円に至る過程も、少しずつ少しずつ皆の纏う衣装が薄くなっていく様子なんかで、さらっと見せて頂けたら、更に感慨深い思いになっただろうなと思います。

お嬢たちが絶対に幸せ掴んだる! と再度決起してから、大団円に至るまでがめくりの説明のみだったのは、個人的にはちょっと肩すかしだったので。

余韻というか、気持ちがめくりの速度に追いつかなかった。

最後、話の勢いと演者さんの笑顔で幸せ気分にはなれたんだけど、あと一場面か二場面! 

あ、今回のやり直しはいい感じじゃない? って、感触掴んでいくお嬢見たかった。

その後に、最後の大団円きてたら、がつんと爽快感というかカタルシスがきたんじゃないかと。

でもそれやり始めると長くなるから、ばっさり切ったのかも知れないな。

さんざん楽しんだ一観客の我が儘です。

 

見終わった後に明るい気持ちで胸が満杯になって、さあ、明日からも頑張るぞ-! となれる舞台でした。

本当に、ありがとうございました。

 

教えて頂いて、ロミオとジュリエット、贋作・好色一代男のDVDも買いましたので、これを見るのも楽しみです。

大千秋楽カテコの最高に楽しかったことは、また元気が出たら追記しよう。

もしここまで読んで下さった方がいらっしゃいましたら、長いのに本当にありがとうございます(一緒に話がしたいです)。

 

※台詞や場面は多分に記憶に頼っているので、ぐるぐる考えて妄想するあまり、私が勝手に見たことにした部分や、聞いたつもりになっている台詞等があるかもしれません。